強制執行停止の申立てと損害賠償請求|最高裁の判断基準

強制執行停止の申立てが損害賠償問題になる理由

判決などの債務名義に基づき開始される強制執行は、債権者にとって正当な権利を実現する手続きです。しかし、債務者側にも、その請求権の存在や内容を争う「請求異議の訴え」を起こし、その訴訟が終結するまで執行を暫定的に停止させる「強制執行停止の申立て」という対抗手段が認められています。

一見すると、これらは法で認められた正当な手続きです。しかし、この「執行の停止」が、後に不法行為と評価され、損害賠償請求の対象となるケースが存在します。

なぜなら、債権者から見れば、強制執行の停止は債権回収の機会を一時的に、場合によっては永久に失うリスクを意味するからです。執行が停止されている間に債務者の財産状況が悪化すれば、たとえ請求異議の訴えで勝訴しても、もはや回収する財産が残っていないという事態に陥りかねません。

一方で、債務者にとっても、根拠の薄い理由で安易に執行停止を申し立てた場合、請求異議が認められなければ、執行を遅延させたことによる損害賠償責任を負うリスクを抱えることになります。このように、強制執行停止の申立ては、両当事者にとって重大な利害が対立する、極めて繊細な法的問題なのです。

損害賠償義務に関する最高裁判所の判断基準

では、どのような場合に、強制執行停止の申立てが不法行為とみなされ、損害賠償義務が発生するのでしょうか。この点について、最高裁判所は以下のとおり明確な基準を示しています。

請求異議の訴えとともに強制執行停止の申立てをし、これが認められた後で請求異議を棄却する判決が確定して強制執行停止を命ずる裁判が取り消された場合、主張した異議の事由が事実上又は法律上の根拠を欠くことについて執行停止の申立てをした者に故意又は過失があるときは、申立てをした者は債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務がある。

この判例は、損害賠償義務が発生するための要件を二つに整理しています。

  • 異議の事由が事実上又は法律上の根拠を欠くこと
  • 申立てをした者に故意又は過失があること

単に請求異議の訴えが最終的に認められなかったという結果だけでは、直ちに損害賠償義務は発生しません。債務者が主張した「異議の事由」(例えば「既に弁済済みである」といった主張)そのものに根拠がなく、かつ、その根拠がないことについて債務者に故意または過失があったと認められる場合に限り、不法行為が成立すると判断されるのです。この「故意・過失」の有無が、実務上、最も重要な争点となります。

(参考:最高裁判所 令和7年9月9日第三小法廷判決(令和5年(受)第2207号)損害賠償請求事件)

損害賠償請求の成否を分けるポイント

最高裁が示す基準に基づき、損害賠償請求が認められるか否かを分ける具体的なポイントは、「故意・過失」の認定と、それを誰が証明するのかという「立証責任」の問題に集約されます。

強制執行停止による損害賠償請求が認められるまでの流れを示したフローチャート。「請求異議の棄却」「異議事由の根拠」「故意・過失の有無」という3つの判断ステップを経て、損害賠償義務の有無が決定されるプロセスを図解しています。

「故意・過失」はどのように判断されるか

裁判所は、債務者の「故意・過失」をどのように判断するのでしょうか。これは、単に「請求異議の訴えで負けた」という事実から自動的に認定されるものではありません。

重要なのは、「強制執行停止を申し立てた時点で、その主張に法的・事実的な根拠がないことを、債務者本人が認識していたか、あるいは少し注意すれば容易に認識できたか」という点です。

例えば、弁済した証拠が全くないにもかかわらず「支払いは済んだ」と主張して執行停止を申し立てた場合や、契約書に明記されている義務の存在を無視して請求権自体を否定した場合などは、主張に根拠がないことを容易に認識できたと判断され、過失が認定される可能性が高まります。

逆に、法律的な解釈に争いがあり、専門家でも見解が分かれるような論点について真摯に主張した場合、たとえ最終的にその主張が退けられたとしても、直ちに「過失あり」とは判断されにくいでしょう。このように、裁判所は申立てに至る経緯や主張内容の合理性を個別に評価し、債務者の主観面を慎重に判断します。

立証責任はどちらが負うのか

損害賠償請求訴訟において、極めて重要なのが「立証責任」の所在です。強制執行停止による損害賠償請求は、民法上の不法行為に基づく請求にあたります。

一般には、「申立てをした債務者に故意または過失があったこと」を証明する責任は、損害賠償を請求する側、すなわち債権者が負うのが不法行為の原則です。

しかし、上記最高裁判決は、上記のように請求異議の訴えとともに強制執行停止の申立てをし、これが認められた後で請求異議を棄却する判決が確定して強制執行停止を命ずる裁判が取り消された場合、執行停止を申し立てた者に過失があると推定するのが相当と述べていますので、むしろ、損害賠償を請求された者自身が、自らに過失がなかったことを証明する必要があります。

まとめ:不当な申立てに備えるために

強制執行停止の申立ては、債務者に認められた正当な権利です。しかし、その権利行使も無制約ではなく、法的・事実的根拠を欠く不当な申立ては、損害賠償という重大なリスクを伴います。

債権者の立場からは、万が一執行停止が申し立てられた場合に備え、停止期間中に生じる損害(例:遅延損害金の拡大、担保価値の減少など)を具体的に算定できるよう、日頃から証拠を保全しておくことが重要です。

一方、債務者の立場からは、請求異議の訴えや執行停止の申立てを行う前に、その主張に十分な根拠があるかを冷静に検討しなければなりません。一時しのぎの安易な申立てが、かえって大きな賠償責任を招く結果になりかねないことを、強く認識すべきです。必要であれば、法的な見通しについて専門家である弁護士に相談することが不可欠です。

強制執行を巡るトラブルは、専門的な知識と戦略的な対応が求められます。ご自身の権利を守り、不測の事態を回避するため、お早めに当事務所にご相談ください。

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