労働審判・訴訟の通知が届いたら、まず最初にすべきこと
「裁判所」という文字が記載された特別な郵便物が会社に届く。それは、元従業員や現在働いている従業員から「労働審判」あるいは「労働訴訟」を申し立てられたという通知です。
「一体何が起きたんだ?」「どうしてウチが…」「これからどうなってしまうのだろうか」。突然の出来事に頭が真っ白になり、不安と焦りで冷静な判断が難しくなるのも無理はありません。
しかし、このような状況で最も避けなければならないのは、パニックになり、自己判断で従業員本人に連絡を取ったり、内容をよく確認せずに放置したりすることです。そうした行動は、かえって会社の立場を不利にしてしまう可能性があります。
労働審判や労働訴訟を起こされた場合、会社としては、できるだけ早い段階で労働問題に詳しい弁護士に相談することが望ましいでしょう。
なぜなら、これらの手続きには厳格なルールと短い期限が定められており、初動の対応がその後の結果を大きく左右するからです。この記事では、なぜ弁護士への相談が不可欠なのか、そして具体的に何をすべきなのかを、順を追って分かりやすく解説していきます。まずは深呼吸をして、この記事を読み進め、現状を正確に把握することから始めましょう。
労働審判と労働訴訟|自社が置かれた状況を正しく理解する
裁判所から届いた書類には、「労働審判手続期日呼出状」や「訴状」といった標題が記載されているはずです。まずは、自社がどちらの手続きを申し立てられたのかを正確に把握することが重要です。この二つは似ているようで、その性質は大きく異なります。
一言でいえば、労働審判は「短期決戦の話し合いの場」、労働訴訟は「時間をかけて白黒をはっきりさせる法廷での戦い」とイメージすると分かりやすいでしょう。

短期決戦の「労働審判」とは?
労働審判は、個々の労働者と事業主との間に生じた労働関係のトラブルを、実情に即して迅速、適正かつ実効的に解決することを目的とした手続きです。
最大の特徴は、そのスピード感にあります。原則として3回以内の期日で審理を終えることになっており、裁判所の統計でも申立てから3か月以内に終了する事件が多い手続です。裁判官1名と、労働問題の専門家である労働審判員2名(労働者側・使用者側から各1名)が間に入り、話し合い(調停)による円満な解決を目指します。会社にとっては、問題を早期に解決し、時間的・金銭的なダメージを最小限に抑えられる可能性があるというメリットがあります。一方で、準備期間が極端に短いため、迅速かつ的確な対応が求められるというデメリットも存在します。このため、初動の対応が極めて重要になるのです。
長期戦で白黒つける「労働訴訟」とは?
労働訴訟は、公開の法廷で、原告(労働者側)と被告(会社側)が互いの主張をぶつけ合い、厳密な証拠に基づいて裁判官が法的な判断(判決)を下す手続きです。労働審判で調停が成立しなかったり、審判に異議が申し立てられたりした場合に移行することもあります。
解決までには1年以上かかることも珍しくなく、まさに長期戦となります。会社側のメリットとしては、時間をかけて十分に主張を尽くし、証拠を提出して徹底的に争える点が挙げられます。しかし、デメリットとして、弁護士費用や対応に要する時間といったコストが大きくなること、また、訴訟が公開されることで企業の評判に影響が出るリスクも考慮しなければなりません。従業員から突然未払いの残業代を請求されたといったケースも、話し合いで解決できなければ、こうした法的手続きに発展する可能性があります。
参考:労働審判手続 | 裁判所
【勝敗を分ける初動30日】会社側が取るべき具体的な対処法
労働審判は、第1回期日が(特別の事情がない限り)申立てから40日以内に指定されるのが原則です。また、会社側は「期日呼出状・答弁書催告状」に記載された期限までに、答弁書や証拠を提出しなければなりません(期限は第1回期日の7〜10日前程度とされることが多いです)。つまり、会社に残された準備期間は実質的に30日程度しかありません。この極めて短い期間での対応が、労働審判の行方を左右するといっても過言ではないのです。
ここでは、会社の命運を分けるこの30日間で、具体的に何をすべきかを3つのステップで解説します。

STEP1:すぐに労働問題に強い弁護士に相談する
まず、何よりも優先すべき行動は、労働問題に強い弁護士に相談することです。自社だけで対応しようとすることは、航海図も羅針盤も持たずに嵐の海へ乗り出すようなものです。なぜ弁護士への相談が不可欠なのか、その理由は以下の4点に集約されます。
- 圧倒的に準備期間が短い:約30日という限られた時間で、事実関係を整理し、法的な主張を組み立て、証拠を収集するのは至難の業です。専門家である弁護士に依頼することで、迅速かつ効率的に準備を進めることができます。
- 専門的な書類作成が必須:労働審判の行方を左右する「答弁書」は、法的な観点から的確な主張と反論を記載する必要があります。弁護士は、会社の主張を裁判所に効果的に伝え、有利な心証を形成するための書類を作成するプロフェッショナルです。
- 第1回期日が極めて重要:労働審判は短期決戦のため、第1回期日で大方の心証が決まってしまうことも少なくありません。弁護士が代理人として出席し、裁判官や審判員からの質問に的確に応答することで、不利な展開を避けることができます。
- 精神的負担の軽減:経営者や担当者にとって、労働審判は非常に大きなストレスとなります。弁護士に手続きの進行や相手方とのやり取りを任せることで、精神的な負担が大幅に軽減され、本業に集中することができます。日頃から顧問弁護士と契約していれば、こうした有事の際にもスムーズに対応を開始できるでしょう。
STEP2:最重要書類「答弁書」を作成・提出する
答弁書は、労働審判において会社側が提出する最も重要な書類です。これは単なる反論書面ではありません。会社の主張を裁判所に伝え、審理の方向性を決定づける、いわば「会社の第一印象」そのものです。
答弁書や証拠の出来栄えが、裁判所の心証を大きく左右します。答弁書には主に以下の項目を記載します。
- 申立ての趣旨に対する答弁:労働者側の請求を認めるか、棄却を求めるかといった結論を述べます。
- 申立ての事実に対する認否:労働者側が主張する事実関係の一つひとつについて、認めるか、否認するか、あるいは知らない(不知)かを明確にします。
- 会社側の具体的な主張・反論:事実関係を否認する理由や、会社の主張を法的に裏付ける具体的な事実を、時系列に沿って分かりやすく記載します。
- 証拠の提出:会社側の主張を客観的に証明するための証拠を添付します。
特に重要なのは、感情的な反論に終始するのではなく、客観的な証拠に基づいて冷静かつ論理的に主張を組み立てることです。この答弁書の作成は専門的な知識を要するため、弁護士と緊密に連携しながら進めることが不可欠です。
STEP3:第1回期日に向けて証拠収集と準備を行う
答弁書と並行して、会社の主張を裏付ける客観的な証拠を収集します。どのような証拠が有効かは事案によって異なりますが、一般的には以下のようなものが挙げられます。
- 雇用契約書、労働条件通知書
- 就業規則、賃金規程
- タイムカード、出勤簿、業務日報
- 給与明細
- 業務上の指示や注意指導に関するメール、チャット履歴
- 人事評価シート、面談記録
- 懲戒処分の通知書、始末書
また、第1回期日には、当事者として事情を最もよく知る人物(代表者や直属の上司など)が出席する必要があります。弁護士と事前に打ち合わせを行い、裁判官や審判員から質問されそうな事項について「想定問答集」を作成し、準備を整えておくことが極めて重要です。当日に慌てず、冷静かつ的確に事実を説明できるかどうかが、審理の行方に影響します。
労働審判・訴訟の解決までの流れ
ここでは、労働審判と労働訴訟がそれぞれどのように進んでいくのか、解決までの全体像を把握しておきましょう。今後の見通しを立てることで、少しでも不安を和らげることができます。
労働審判の流れ:調停成立を目指す3回の期日
労働審判は、前述の通り原則3回の期日で完結します。
第1回期日では、主に当事者双方から事情を聴き、事実関係の確認と争点の整理が行われます。この時点で、裁判所は事件の全体像を把握し、解決の方向性についてある程度の心証を形成します。
第2回・第3回期日では、第1回期日の内容を踏まえ、労働審判委員会から具体的な和解案(調停案)が提示されることが多く、当事者間でその内容について交渉が行われます。
双方が合意すれば「調停」が成立し、事件は解決となります。もし合意に至らない場合は、労働審判委員会が事案の実情に応じた判断、つまり「審判」を下します。

労働審判に不服がある場合:異議申し立てと訴訟移行
労働審判委員会が下した審判の内容に納得できない場合、会社側も労働者側も「不服」を申し立てることができます。これを「異議申し立て」といいます。
この異議申し立ては、審判書を受け取ってから2週間以内という非常に短い期間内に行わなければなりません。この手続きに特別な理由は必要なく、期間内に異議を申し立てるだけで、労働審判はその効力を失い、自動的に「労働訴訟」へと移行します。
審判を受け入れるべきか、それとも時間と費用をかけてでも訴訟で争うべきか。この重要な判断は、勝訴の見込みや予想される解決金の額、会社の評判への影響などを総合的に考慮する必要があるため、必ず弁護士と慎重に協議してください。
労働訴訟の流れ:主張と立証の繰り返し
労働訴訟に移行すると、手続きは長期戦の様相を呈します。
当事者双方が「準備書面」という書面を裁判所に提出し、期日(口頭弁論期日)でその内容を確認するというプロセスを、1ヶ月〜2ヶ月に1回のペースで繰り返します。これを何度か行い、争点を絞り込んでいきます。
争点整理が終わると、当事者や関係者への尋問(証人尋問・当事者尋問)が行われ、最終的に裁判官が「判決」を下します。もちろん、訴訟の途中で裁判所から和解案が提示され、話し合いによって「和解」が成立し、解決するケースも少なくありません。

弁護士費用は「コスト」ではなく「未来への投資」
労働審判や訴訟に直面した経営者の方が最も懸念されることの一つが、弁護士費用でしょう。しかし、この費用を単なる「出費」と捉えるべきではありません。むしろ、会社の損失を最小限に抑え、未来の労務リスクを防ぐための「合理的な投資」と考えることが重要です。
会社側の弁護士費用相場と内訳
弁護士費用は、大きく分けて「着手金」と「報酬金」で構成されます。
- 着手金:弁護士に事件を依頼した段階で支払う費用です。金額は、事案の内容や難易度、依頼する法律事務所の方針等によって異なります。
- 報酬金:事件が解決した際に、その成功の度合いに応じて支払う費用です。例えば、相手方の請求額を減額できた場合、その減額できた金額(経済的利益)の10%~20%程度が目安となります。
これらはあくまで一般的な相場であり、事案の複雑さや難易度によって変動します。当事務所の具体的な弁護士費用については、こちらのページで詳しくご案内しておりますので、ご参照ください。
費用対効果で考える|弁護士に依頼しない場合のリスク
弁護士費用を惜しんで自社だけで対応しようとすると、かえって大きな損失を被る可能性があります。考えてみてください。
例えば、元従業員から不当解雇を理由に、未払い賃金(バックペイ)と慰謝料として合計500万円を請求されたとします。もし適切な反論ができずに敗訴すれば、この金額に加えて遅延損害金まで支払わなければならなくなるかもしれません。
一方で、弁護士に依頼し、的確な主張と証拠提出を行った結果、最終的に解決金100万円で調停が成立したとしましょう。この場合、会社は400万円の支払いを免れたことになります。仮に弁護士費用が合計80万円だったとしても、差し引き320万円の損失を防いだ計算になります。
さらに、ダメージは金銭的なものだけではありません。不適切な対応は会社の信用を失墜させ、他の従業員の士気低下や離職につながるなど、目に見えない経営上の損失を生む可能性もあるのです。弁護士への依頼は、こうした複合的なリスクから会社を守るための、最も確実な投資と言えるでしょう。
まとめ|紛争を未然に防ぐために企業がすべきこと
この記事では、従業員から労働審判や労働訴訟を起こされた際に会社が取るべき対処法について解説しました。最後に、重要なポイントを改めて確認しましょう。
- すぐに弁護士に相談する:自己判断は禁物です。まずは専門家の助言を仰ぎましょう。
- 冷静に状況を把握する:届いた書類を確認し、労働審判なのか訴訟なのかを理解します。
- 迅速に準備を進める:答弁書の作成や証拠収集など、限られた時間で的確な初動対応を行います。
突然の労働審判や訴訟は、企業にとって大きな試練です。しかし、これを乗り越えることで、自社の労務管理体制の弱点が見えてくることもあります。今回のトラブルを教訓とし、将来同様の問題を繰り返さないための「予防法務」に取り組むことが重要です。
具体的には、就業規則の定期的な見直し、労働時間管理の徹底、ハラスメント防止研修の実施などが挙げられます。こうした取り組みにおいて、日頃から企業の事情をよく理解している顧問弁護士は、心強いパートナーとなるはずです。
トラブルを未然に防ぎ、健全な職場環境を築くことこそが、企業の持続的な成長の礎となります。もし今、労働問題でお困りでしたら、一人で抱え込まず、ぜひ一度当事務所にご相談ください。

