労働災害が発生したら、まず何をすべきか?初動対応5ステップ
勤務中に従業員が怪我をしたり、病気になったりする労働災害(労災)は、いつ起こるか予測がつきません。
万が一発生してしまった場合、経営者や労務担当者の方は気が動転してしまうかもしれませんが、冷静かつ迅速な初動対応が、従業員の救護はもちろん、会社の法的リスクを最小限に抑える上で極めて重要です。
ここでは、まず取り組むべき5つのステップを時系列で解説します。
ステップ1:被災従業員の救護と病院への搬送
何よりも優先すべきは、被災した従業員の命と安全の確保です。意識がない、大量に出血している、体を動かせないなど、少しでも重症の可能性がある場合は、ためらわずに救急車を要請してください。
救急車が到着するまでの間は、可能な範囲で応急手当を行いますが、無理に動かすことで症状が悪化する危険がある場合は、むやみに動かさないようにしましょう。
比較的軽傷で、歩行などが可能な場合でも、必ず医療機関で医師の診察を受けさせてください。その際、できる限り労災保険指定医療機関を選ぶことをお勧めします。
労災保険指定医療機関であれば、会社や従業員が治療費を立て替える必要がなく、手続きがスムーズに進みます。
ステップ2:関係各所への連絡
従業員の救護と並行して、関係各所へ速やかに連絡を入れる必要があります。
- 被災従業員の家族:まずはご家族に状況を伝え、搬送先の病院などを連絡します。誠意ある対応が、後の信頼関係に繋がります。
- 警察:交通事故や、機械の倒壊など事件性・事故性が高い場合は、警察への通報も必要です。
ステップ3:二次災害の防止と現場保存
被災した従業員を搬送した後、同じような事故が再び起こらないよう、二次災害の防止措置を徹底します。例えば、事故の原因となった機械の電源を落とす、危険なエリアへの立ち入りを禁止するなどの対策を講じます。
同時に、事故現場は可能な限りそのままの状態で保存してください。これは、労働基準監督署による原因調査や、会社自身が原因を究明し再発防止策を立てるための重要な証拠となります。
むやみに片付けたり、機械を動かしたりしないよう、関係者に周知徹底しましょう。
ステップ4:事実関係の調査と記録
関係者の記憶が鮮明なうちに、事故の状況について客観的な事実を調査し、記録に残すことが極めて重要です。
この記録は、後の労災認定や会社の責任を判断する上で、最も重要な資料の一つとなります。
- 目撃者からのヒアリング:「いつ」「どこで」「誰が」「何をしていたか」「なぜ事故が起きたか」「どのようにして起きたか」(5W1H)を具体的に聞き取ります。
- 現場の記録:スマートフォンなどで良いので、事故現場の状況を様々な角度から写真や動画で撮影しておきましょう。
- 関連資料の確保:作業マニュアル、従業員の勤務記録、機械の点検記録など、事故に関連する書類を保全します。
ステップ5:労働者死傷病報告の提出準備
労働災害により従業員が休業または死亡した場合、会社は労働基準監督署へ「労働者死傷病報告」を提出する義務があります。これを怠ると「労災隠し」と見なされ、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
- 休業4日以上の場合:事故発生後、遅滞なく提出が必要です。
- 休業4日未満の場合::1月〜3月、4月〜6月、7月〜9月、10月〜12月の各期間の発生分について、それぞれの期間の翌月末日までに提出します。
この報告書には、ステップ4で調査した内容を正確に記載する必要があります。コンプライアンスの観点からも、誠実な対応を心がけましょう。
参考:労働者死傷病報告
会社の責任はどこまで?安全配慮義務違反に問われるケース
労働災害が発生すると、会社は被災した従業員に対して法的な責任を問われる可能性があります。その中心となるのが「安全配慮義務」です。
ここでは、会社が負うべき責任の範囲と、どのような場合に義務違反と判断されるのかを、具体的な判例・事例を交えて解説します。
安全配慮義務とは?会社が負うべき基本的な責任
安全配慮義務とは、「会社(使用者)は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と労働契約法第5条に定められた、会社の基本的な義務です。
これは、単に労働安全衛生法などの法令を守っていれば良いというものではありません。従業員が安全で健康に働けるよう、作業環境や業務内容に応じて、より広範な配慮をすることが求められます。
この義務を怠った結果、労働災害が発生したと判断された場合、会社は従業員に対して損害賠償責任を負うことになります。
【判例・事例で学ぶ】安全配慮義務違反が認められたケース
過去の裁判では、様々な状況で会社の安全配慮義務違反が認められています。自社のリスク管理を見直す上で、これらの事例は重要な教訓となります。
- 機械の安全対策が不十分だった事例:プレス機に安全装置が設置されていなかったり、マニュアルで定められた安全措置が徹底されていなかったりしたために従業員が負傷したケース。会社は、危険な機械を扱う上で十分な安全対策を講じる義務があったと判断されました。
- 過重労働による精神疾患の事例:長時間労働や過度なノルマが原因で従業員がうつ病などを発症したケース。会社は、従業員の労働時間を適切に管理し、心身の健康状態に配慮する義務があったにもかかわらず、それを怠ったとされました。
- 危険な作業手順を黙認していた事例:高所作業で安全帯を使用しない、有毒な化学物質を扱う際に適切な保護具を着用しないといった、従業員の危険な行動を知りながら会社がそれを放置していたケース。会社には、安全な作業手順を指導し、徹底させる義務があったと判断されました。
これらの事例からわかるように、会社の責任は物理的な安全対策だけでなく、労働時間管理やメンタルヘルスケア、適切な安全教育など、非常に広い範囲に及びます。
会社の責任が否定された事例から学ぶべきこと
一方で、会社が必要な対策を尽くしていたとして、安全配慮義務違反が否定され、会社の責任が認められなかった事例もあります。
- 従業員が会社の明確な指示に違反した事例:会社が、作動する機械に手を近づけてはならないことを徹底して指導していた上、機械の内部に手を差し入れる必要がなかったにもかかわらず従業員が機械の内部に手を差し入れた状態でボタン操作をし、更に、その操作を誤って当該従業員の身体に危害が生じたケース。従業員が機械の内部に手を差し入れることを会社が予見することは困難だったと判断されました。(名古屋高裁H27.11.13判決)
- 予見不可能な津波の事例:東日本大震災の津波により従業員が流されて死亡した事件で、津波については避難場所の周知徹底や避難訓練が実施されている上、屋上を避難場所としたのも当時の津波の予想高さと時間的猶予を考えれば不合理ではないと認められたケース。屋上を超えるような約20m近くの巨大津波が押し寄せてくることまでをも予見することは客観的にも困難であったとして、責任が否定されました。(仙台地裁H26.2.25判決)
これらの事例は、日頃から就業規則や作業マニュアルを整備し、安全教育を徹底すること、そしてその記録をきちんと残しておくことが、万が一の際に会社を守る上でいかに重要であるかを示しています。
労災申請への対応|会社の主張が異なる場合の「意見書」とは
従業員から労災保険の申請手続きを求められた際、会社が把握している事故の状況と、従業員の主張に食い違いがあるケースも少なくありません。
このような場合に、会社としてどのように対応すべきか、特に重要な「意見書」について解説します。
事業主証明は慎重に|安易な証明のリスク
労災保険の請求書には、災害の原因や発生状況について事業主が証明する欄(事業主証明欄)があります。ここに安易に署名・捺印してしまうと、会社が従業員の主張する事故内容を全面的に認めたと解釈される可能性があります。
もし、その内容が事実と異なっていた場合、後に従業員から安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求の裁判を起こされた際に、会社にとって著しく不利な証拠として扱われかねません。
「従業員のために」と良かれと思って証明したことが、結果的に会社の首を絞めることになりうるのです。
会社の主張を伝える「意見書」の提出と注意点
従業員の主張に同意できない、または事実関係が不明確な場合には、事業主証明を安易に行うべきではありません。その代わりに、労働基準監督署に対して「意見書」を提出するという方法があります。
これは、労災の認定を行う労働基準監督署に対し、会社の立場から見た事実関係や意見を伝えるための正式な書面です。
会社側が労働災害とは考えていない、あるいは発生状況の認識が従業員と異なる場合には、「負傷又は発病の発生日」や「災害の原因及び発生状況」の欄に、会社が把握している客観的な事実のみを記載するか、「経緯不明」などと記載します。
その上で、なぜ会社の認識が異なるのか、労働災害とは考えていない理由は何かを、具体的な証拠(事故調査の記録、目撃者の証言など)を添えて意見書として提出することが重要です。
従業員の請求どおりに証明してしまい、後で裁判になった際に「あの時、会社も認めていたではないか」と主張されるリスクを避けるため、極めて慎重な対応が求められます。
意見書は、感情的に反論するのではなく、客観的な証拠に基づいて論理的に作成する必要があります。この作成には法的な専門知識が不可欠なため、弁護士に相談し、代理で作成してもらうことを強くお勧めします。
労働災害の問題を弁護士に相談するメリットとタイミング
労働災害は、法務、労務、訴訟リスク管理など、様々な専門知識が求められる複雑な問題です。
担当者の方だけで抱え込まず、早い段階で弁護士という専門家のサポートを得ることが、問題を適切かつ迅速に解決するための鍵となります。
相談すべき3つのタイミング
弁護士に相談するタイミングは、早ければ早いほど良いですが、特に以下の3つの時点では、速やかに相談を検討すべきです。
- 事故発生直後:初動対応のアドバイス、証拠保全の方法、関係各所への連絡の仕方など、その後の展開を有利に進めるための最も重要な時期に、的確な法的サポートを受けられます。
- 労基署の調査が入る前:労働基準監督署からの事情聴取や立ち入り調査に、どのように対応すべきか準備ができます。弁護士が調査に立ち会うことで、会社にとって不利益な発言をしてしまうリスクを防ぎます。
- 従業員から損害賠償を求められた時::従業員本人や代理人弁護士との交渉窓口を一本化し、法的な根拠に基づいた適切な交渉を進めることができます。これにより、担当者の精神的な負担を大幅に軽減し、訴訟への発展を回避できる可能性も高まります。
弁護士によるサポート内容と費用
当事務所にご依頼いただいた場合、経験豊富な弁護士が以下のようなサポートを包括的に提供します。
- 労働基準監督署の調査への対応、立会い
- 労災申請に関する意見書の作成・提出
- 被災従業員やその代理人弁護士との示談交渉
- 損害賠償請求訴訟における代理人活動
- 再発防止策の策定に関する法的アドバイス
早川法律事務所では、弁護士歴19年以上(2025年時点)の代表弁護士が、すべてのご相談・ご依頼を直接担当いたします。まずはお気軽にお問い合わせください。
もし、労働災害でお困りの場合は、早川法律事務所にご相談ください。
まとめ|労働災害は迅速かつ誠実な対応が会社の未来を守る
労働災害への対応は、一歩間違えれば会社の存続を揺るがしかねない重大な経営課題です。大切なのは、パニックにならず、本記事で解説したステップに沿って、迅速かつ誠実に対応を進めることです。
特に、会社の法的責任が問われる「安全配慮義務」については、過去の事例や判例を参考に、自社の体制に不備がないか日頃から点検しておくことが最大の防御策となります。
そして、万が一事故が発生してしまった場合は、一人で抱え込まず、できるだけ早い段階で私たち弁護士にご相談ください。専門家として、法的なリスクから会社を守り、円満な解決に向けて全力でサポートいたします。




